News最前線

日々のニュースからの気付きや疑問と回答どんどん配信!

ラーメンを初めて食べた日本人に新事実!経帯麺って何だ?!


スポンサードリンク

日本で初めてラーメンを食べたのは、越後のちりめん問屋のご隠居こと、水戸光圀公!(水戸の黄門様:徳川家康のお孫さん)、というのがこれまでの定説で、これらから水戸市では「水戸藩ラーメン」がご当地ラーメンとして発売されてたりしますね。

f:id:jinchankun:20170714181209j:plain

ところがこの「水戸黄門・日本人としてはじめてラーメン食べた人」説が大きく覆ることになりました。日本人で初めてラーメンを食べたのは、江戸時代を更に200年ほどさかのぼること室町時代のお話しへ。

ラーメン好きを揺るがす大発見?!

以下のニュースによれば...

headlines.yahoo.co.jp

このニュースからすると...

これまでは、水戸光圀公が江戸時代(1697年)に食べたのがラーメン史の中で最古の記録。ところが今回、新資料「蔭涼軒日録」というものが出て来て、この資料によれば

  • 室町時代(1488年)に京都で「経帯麺」(けいたいめん、ラーメンの一種)なるものを僧侶が食べた

と書かれているとのこと。

この新資料「蔭涼軒日録」では、中国の書物「居家必要事類」(きょかひつようじるい)の記述を参考に当時「経帯麺」を調理して来客者に振る舞った、と記載されているのだとか。

この「経帯麺」がラーメンの一種として認定され、つまり、

  • 日本人で初めてラーメンを食べたのは室町時代、1488年の僧侶

ということになりますね。

実は更にそこから3年さかのぼる?

今回出てきた「経帯麺」。この「経帯麺」については、以下に詳しく書かれてます。

【室町時代にラーメンがあった「経帯麵とは?」】
(投稿日:2015年7月6日)

この記事によれば、

  • 今回の新資料「蔭涼軒日録」は、相国寺鹿苑院内に設けられた蔭涼軒に住んでいたとされる僧侶(蔭涼軒主)による公用日記。
  • この公用日記の筆者は季瓊真蘂(きけい しんずい)という僧侶。
  • 日記内には、1485年に中国書籍を元に今回の「経帯麺」を含み「水滑麵」「索麵」「托掌麵」「紅絲麵」「翠縷麵」等を調べた、という記述あり。
  • その3年後(1488年)に今回のニュースにある「経帯麺」で来客をもてなした、となっている

という流れです。

この中国書籍を元にいろいろな麺を調べた人(多分日記の筆者である季瓊真蘂になるのでしょうか)は、きっと書籍をの中にあった「経帯麺」「水滑麵」「索麵」などの麺を各々再現して食べ比べをしているはず。

ということから、よくジョークにあるように「~の建物(歴史的有名な建築物等)は誰が建てたか?」という問いに対して「答え:大工さん」みたいなもので、

  • 日本で一番最初にラーメンを食べた人は誰だ!ということでは、
  • 1488年の僧侶ではなく、1485年のこの季瓊真蘂(きけい しんずい)(またはお世話をしていた料理人?!)

ということになるでしょうか(笑)

会長が調べ上げた!

今回博物館関係者は「歴史を書き換える大発見だ」と驚きの声を上げたというニュースになってますが、上で紹介している【室町時代にラーメンがあった「経帯麵とは?」】の投稿者は「株式会社イナサワ商店」の会長「稲澤敏行」さん。

ニュースでは今回の発見につながっている新資料の提供者は「株式会社イナサワ商店」の会長「稲沢俊之さん」となってますが、漢字が違いますが同じ方ですね。

既に2015年の時にこの「経帯麺」についての記事を書かれていることから、ニュース内の

「麺文化を調べるために『蔭涼軒日録』を詳しく読んだら、経帯麺のことがバッチリ書いてあって…。ビックリしましたよ」と興奮気味

というのは、最近の話ではなく、記事を投稿した2015年当時の興奮の模様をお話しされていることになるかもしれません。

水戸藩ラーメンはどうなる?

今回の話から、ラーメン好きとしては水戸藩ラーメンはどうなるの?と心配になりますが、水戸藩ラーメンを製造する川崎製麺所の川崎一男社長曰く、

食べた人として黄門さまの名前が出てくることに変わりはなく、水戸藩ラーメンに影響はない

とのお話し。

確かにその通り!うたい文句は多少変わるかもしれませんが、ラーメン好きには水戸藩ラーメンは水戸藩ラーメン。

これからもラーメン、おいしくいただきましょう。